福岡地方裁判所 昭和44年(ワ)859号 判決
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〔判決理由〕一、1請求原因の事実中原告が主張する別紙目録(一)一五記載の定期預金につきその主張どおり原告と被告間に定期預金契約が成立したこと、同2の事実中本件定期預金中原告主張の部分につき書換継続がなされたこと、は当事者間に争いがない。
2 本件定期預金の全てにつき約定の期日が到来していることは被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
二、1 <証拠>を総合すると次の各事実が認められる。
(一) 原告は、昭和四四年五月一五日、離婚するまでは松山姓を名乗つていたものであるが、昭和四〇年頃死亡した原告の叔母からの遺贈や実母の財産を相続したりして可成りの資産を有していたところ、相続に関係する税金に対処するため架空名義をもつて預金することとし被告の港町支店に勤務をしていた永松範次と主として接渉の末、前記当事者間に争のない松山静子名義の分をも含めて原告と被告との間に別紙目録(一)記載の預金年月日欄記載の日に、同目録預金欄記載の金額につき、預金名義人を同目録預金者名欄とする、期日はそれぞれ同目録期日欄記載の年月日とする、利率は同目録一ないし一七までの分を年五分五厘とし、同目録一八の分については利率を年五分とする、なる定期預金契約を締結し、右各契約に基づき原告が被告に右契約の預金額に相当する金員をそれぞれ預入れ、それと引換えに原告は被告から前記目録証書番号欄記載の番号を記載した定期預金証書の交付を受けこれを所持していた。
(二) 昭和四三年八月一七日、被告の前記支店長が原告を訪れ、原告に大蔵省の検査が行われるが、原告名義の分は別として前記預金者名義が架空の分については帳簿の処理のうえで都合が悪い、それ故右架空名義人の定期預金証書が現に原告のものであるということを証明するために当該定期預金証書を見せてもらいたい旨要請した。原告は被告側の右要請を容れ前記目録(一)記載の各証書のうち原告自身の名義の分を除き合計一七枚を右支店長に交付したところ、同支店長は右各証書を預り引換えに預り証を原告に交付した。その後原告は被告に対し右各定期預金証書の返還方を屡々請求したが被告はその返還をしぶり容易に返還しなかつた。しかし昭和四三年一一月一六日になつてようやく被告は原告に対し右各定期預金証書を前記支店の係員であつた前記永弘作成にかかる定期預金証書返還通知書を添えて郵送返還したものである。
(三) しかして前記目録(一)の預金中一ないし四については別紙目録(二)記載のとおり被告における定期預金規定に基づき書換継続がなされたものである。
2 <証拠判断略>
3 もつとも<書証略>には、被告が別紙目録(三)記載において主張する定期預金債権につきいずれも昭和四三年五月三〇日(ただし野口輝夫名義中金五一万一〇八八円の分については継続のため昭和四三年八月一七日)に質権が設定された旨の記載があり、あたかも被告主張の請求原因に対する答弁の事実にそうかの如くである。しかしながら右記載をなした証人須藤和徳の証言によれば、同人は被告主張にかかる訴外株式会社まると電機商会代表者松山勇次の融資申込なるものに直接関与したものでないこと、右質権設定についても設定契約自体には直接関与しておらず、間接的に他の者から伝えられたところに基づいて記載したものであること、が認められ、右認定から各文書の当該記載はいずれもその結果が右同人によつて表示されているに過ぎないことが明らかであり、したがつて右各文書の記載から直ちに被告主張にかかる本件定期預金者が原告ではなく、前記松山勇次であるとの事実を推認することはできない。よつて、右各文書の記載それ自体は未だ反証として当裁判所の心証に作用せず、何等前記認定を妨げるものではない。また前記証人の証言により真正に成立したものと認められる乙第三七号証も、右証人の証言によれば前記質権設定に基づいて被告が取得したものであることが認められる。しかしながら右質権設定の結果に関する文書の記載それ自体が、原告を本件定期預金の預金者であるとする前記認定を何等妨げるものではないところからして、右質権設定に関する文書よりも更に間接的な存在となる右乙第三七号証もまた原告を本件定期預金の預金者であるとする前記認定を何等妨げるものではない。
三、被告の抗弁事実中、原告が被告に対してその主張にかかる約束手形金債権金三九〇万円を有するとの点は、証人須藤和徳の証言以外にこれを認めるに足りる証拠はなく、右証言もその存在につき極めて瞹昧であつて到底措信できない。したがつて、被告の抗弁はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
四、右認定に基づけば、被告は原告に対し本件定期預金合計金一〇五〇万八二一二円およびこれに対する内金二八〇万円につき昭和四二年一一月二九日から、内金三〇万円につき同年一二月二五日から、内金八五万円につき同年一二月二六日から、内金三〇万円につき昭和四三年一月五日から、内金五〇万円につき同年一月二七日から、内金五〇万円につき同年二月二九日から、内金一二万円につき同年三月二五日から、内金六五万円につき同年七月九日から、内金三六万円につき同年七月一一日から、内金五二万三三七五円につき同年八月三一日から、内金二六万一六八八円につき同年九月二七日から、内金二六万一六八八円につき同年一〇月三〇日から、内金二五六万九四六一円につき同年一一月一五日から、それぞれ支払ずみまで(期日までは利息、期日の翌日からは遅延損害金)約定利率年五分五厘の割合による金員、内金五一万二〇〇〇円については昭和四三年八月一七日から支払ずみまで(期日までは利息、期日の翌日からは遅延損害金)約定利率年五分の割合による金員、をそれぞれ支払うべき義務を負担しているといわざるを得ない。 (鳥飼英助)